市長の不信任決議

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第3回定例会が終了しました。
平成19年度決算は、一般会計と国民健康保険特別会計で共産党が反対した以外は、全員が賛成し、認定されました。

委員会に付託されていた議案、追加で提出された議案についても、すべて原案通りです。

DSC00793.JPG


今回の定例会、一般質問を聞いていて大きな疑問が残りました。
議員がいくら質問をしても、市長が十分な答弁をしなくても、行政は進んでいきます。

果たしてこれでよいのか。

予算案が提出されたあとの議決でしか議会は決定的な権限は持ちません。
しかし、このままいけば、市民の声は来年の予算に反映されないのではないかという懸念を強く抱いてしまいます。

今、論議されている4大事業。
事業費だけではなく、将来のまちづくりを大きく左右するものです。
これが十分に民意をくみ取ることなく進められていくとしたら、その責任は誰が負えるというのでしょう。


市長や議員は4年という限られた任期でしか責任を果たすことはできません。

間接民主制(議会制民主主義)はは市民からの白紙委任ではありません。
重大な案件については、常に原点である直接民主的な手法で民意をはかる必要があると思うのです。


この点、前回の一般質問で、中島市長にはその意思がないことがあきらかになりました。議員時代には「住民投票」と言っていたはずが、それを行わず、市民に開かれた市政を訴えていたはずが、議会と十分な議論を尽くさず、市民に直接訴えることもない。

今の大事業の進め方でよいのか。

唯一、議会が執行権を市民に投げ返すことのできる武器。
それが長の不信任決議です。

これまでは、汚職だとか、過去の不祥事に対して決議されることが多かったようです。
でも、それは本来の使い方ではないと思います。


過去の不祥事よりも、将来への責任を託せるのかどうか。
それが信任・不信任ではないでしょうか。


執行権を市民の手に取り戻すためにも、不信任決議案を提案すべきではなかったのか。
そうした思いが頭に残ります。


--


「中島市長の市政執行に対する不信任決議案」


2008年10月16日
恵庭市議会議員 柏野大介

開発よりも子どものためにお金を使うというマニフェストを掲げた中島市長の就任以来3年が経過した。

その間の市政執行は、もっとも大きな争点のひとつであったはずの西島松北地区の開発だけでなく、総合計画にもなかった恵み野駅西口の開発事業など、大型事業を進めようとする一方で、読書以外にはとりたてて子育て施策の充実を図ったということもなく、また和光小学校の分離新設問題に対する対応など、市民との約束を反故にしている。

その間、議会は恵み野駅西口開発の白紙撤回を求める陳情書、(仮称)和光第2小学校の早期建設を求める陳情書などを採択してきたが、中島市長は十分な議会議論を行わないままに、それを顧みることなく、自らの考える施策のみを遂行しようとしている。

議会で十分な答弁を行わず、また市民に対しても直接に説明をすることなく、市民の理解を得るというだけでは、その真意をはかりかねるところである。


また、市民に開かれた行政を標榜していた中島市長は、自校炊飯においては、市民会議など市民の声を聞く姿勢をとってきたものの、その後の恵み野駅西口開発や、和光第2小学校の分離問題に関しては、形式的な市民フォーラムや説明会の実施にとどまり、十分な市民合意をもって市政執行にあたっているとは言い難い。

平成21年度の予算編成を控え、恵庭市の将来を大きく左右するこの時期に、民意を問わずに盲進していくことは将来に大きな禍根を残すこととなる。


今、議会に求められているのは、残された権能である不信任の決議を行い、議会解散を賭しても、将来を大きく左右する大型事業について再び民意の判断をあおぐことであると確信している。

専門家の知見を頼むということは必ずしも悪いことでないが、あくまで最終判断は業者や霞ヶ関ではなく、恵庭の市民にこそ求めるべきだ。

この決議の最大の目的は、民意の判断をあおぐことであることを重ねて申し上げ、中島興世市長の不信任の決議を提案するものであります。

議員各位におかれましては、よろしくご審議の上、これまでの陳情採決において、それぞれが取られた判断と中島市長がとってきた態度の差異を深くご認識いただいた上で、この決議案にご賛同いただけることをお願いし、提案理由の説明といたします。

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コメント(23)

市長の不信任決議(案)、拝読しました。中島市政に対する客観的で妥当な評価だと私は思います。

先に行われた3定例会での議会議論を見ていても、中島市長の答弁は、議員に質問に答えたとは言い難い内容のものでした。

つまり、質されたことに対する答えをほとんど述べていないものだったと思います。

あれでは、「議論」はできないですね、正直。

議会外でも、市長室に乗り込めばよいのではないか、と思いますよ。

柏野さんをして、いみじくも指摘しているように、こうした状況でも、行政は動いていくのですよね。

ならば、話しは簡単。選挙に落ちても、批判をされても、いじめられても、「腹をくくった方が勝ちだ」ということです。

話しは聞かないぞ、自分の考えを突き通すぞ、と。それでも行政は動く。

したがって、「腹をくくれない」側は、ほぼ間違いなく、負ける、ということです。

その意味において、中島市長は、議会外から見て、是非はさておき、ある意味、腹をくくっているように思われます。

柏野さんの不信任案の試み、提案は、まさに、議会として、腹をくくろうではないか、との当然の、そしてまた、理に叶った結論の一つであり、高く評価すべきものだと思います。

こうした議員を議会内で孤立させてはならない。これが有権者たる市民の政治的責務だろうと思います。

私も不信任案には賛成です。
こういう時に使わずにいつ使われるのか
と、いったところでしょうか?

リベラリストさんも指摘されているとおり
市長と議員とのやりとりをみていると
まったく議論になっていませんね。

このような状態で
市政が運営されていってしまうのですから
選挙権を持っている大人たちが
選挙に対して無関心になってしまうのも
無理のない話しなのかもしれません。

市長には
不信任案が提出されるという状況がどういうことなのか
といううことを
厳粛に受け止めていただきたい。
なぜこうなってしまったのか。
なにがいけなかったのか。
真剣に顧みる必要があると思います。

市民は
市長の行なったことすべてを
批判しているわけではありません。
道の駅は大いに賑わっているし
ブックスタートもすばらしい事業だと思います。

しかし
市民が抱いている疑問の一つ一つについて
丁寧に、そして納得するまで答える義務が
市長にはあると思います。
小学校の新設・増設問題にしても
恵み野駅、恵庭駅前開発にしてもです。

「お金がないから建てられません」とか
「業者への信義がどうの」とか
「防衛施設庁からの補助金がどうの」とか
そんなことを言っている市長を見て
市民が抱いている不安は消え去るとでも
思っているのでしょうか?

もし
市長が今までやってきたことが
すべて正しいと思っているのなら
この不信任案を受けて
議会を解散し、市民へ信を問えばいいだけのことです。

まあ
市長がそこまで腹を括っているかどうか
私にはわかりませんが…

不信任案、私も採択されるべきだと思うし、
それを受け入れる議会であって欲しい。
市長の言動は、一議員の不信をかっているだけではないはずです。

>議員各位におかれましては、よろしくご審議の上、
>これまでの陳情採決において、それぞれが取られた
>判断と中島市長がとってきた態度の差異を深く
>ご認識いただいた上で、この決議案にご賛同いただ
>けることをお願いし、提案理由の説明といたします。

これを決議案として取り上げてくれなかった恵庭市議会議員の方々。
「気持ちはわかるが、そこまでは・・・。」ですか?

この現状をどう受け止めたらよいのでしょう。

 


説明が不十分で申し訳ありません。

不信任案は提出したわけではありません。
その提出を考え、原稿を書き、それについての意見を何人かの方に求めた、というところまでしかいっておりません。


提出をするためには、最低2人(1/12)の賛同が必要なだけです。

一方で、提出したときに起こる事態にどう対応するのかという視点も必要です。
こんなことを書くと、覚悟が足りんとお叱りを受けるかもしれませんが、提出したはいいが、圧倒的多数で否決となると、議会が市長を信任したということにもなります。

また可決された場合に、市長が失職を選択するのか、議会解散を選択するのか。


ぽとふさんが書いています。
> このような状態で
> 市政が運営されていってしまうのですから
> 選挙権を持っている大人たちが
> 選挙に対して無関心になってしまうのも
> 無理のない話しなのかもしれません。

投票をしても意味がない。そう感じてしまわれることが一番問題があります。
自分の投票がどう意味を持ち、まちがどう進んで行くのか。それが明確であるから関心も高まる。

3年前の市長選では、その投票によって、西島松の総合運動公園はいらないという意思が大きく出たのではないでしょうか。(評価は分かれるかもしれませんが)


特に市長選挙や小選挙区のような1人を選ぶ選挙は、すべての住民意思を反映できるわけではありません。
だからこそ、そのための住民投票制度が必要だと思うのです。

野暮な質問かもしれませんし、また、ここで質問し回答していただくことには、事柄の性質上、相応しくないかもしれませんが、今後、柏野さんのこの試みは、どうされる予定でしょうか。

ご指摘のように、不信任案が否決された場合のことも視野に入れなければなりませんね。出すことに意義があるでは、あまりに危険ですからね(^^;)。そのあたりの見通しなんかも、うかがいたいですね。

市民は見ていますよ。もし仮に、不信任案が今後提出されたとして、加えて、それを議会が否決をした場合、「あれだけ中島市長批判をしていた議会なのに、おっ、信任したとは信用ならぬぞ」と。3定でも、(質問している議員の気持ちは十分理解できるが)あまりに露骨な中島市長の人格批判をし、見ている市民に嫌悪感をもたらす議員の質問もあったぐらいですから、まさか、中島市長を結果として信任する、ということに、一票投ずることは、(通常の感覚からすれば)なし得ないだろうとは思いますがね…。

ともあれ、スジを通すことが大切だと思います。

かしわのさんが
「ブログ」という場に
あのような文書を公開したということは
それなりの覚悟があるのではと
私は考えています。

市長の議会での質疑応答や発言、振る舞いを見てきて
「市長選に出馬表明したときの
 あの公約をきちんと果たそうと頑張ってるんだな」
と、誰が思いますか?

市長選の時の選挙公約を覚えている人は
かなりがっかりしていると思います。

この不信任案が提出され
そして否決されてしまったら
議会が形骸化してしまうではないでしょうか。
そうなった場合
議会と市民との距離がますます遠くなってしまいます。

そうならないためにも
議員の方々には
真剣に不信任案について
考えていただきたいです。

ぽとふさんのご指摘の通りですね。私も同感。

9月の定例会の一般質問や再質問において、(固有名詞はさておきますが)痛烈な中島市長批判をした市議会議員は、と・く・に、不信任案に反対する、道理にかなった理由は存在しないはずですね(議会が解散されて選挙したくない、などと考えていれば別ですが)。

先に行われた議会主催の集会の席上でも、(批判をする気持ちは十分理解できますが)「悪いのはすべて中島市長」と、あからさまで痛烈な批判を展開していたのですからね。

どのような理由をもってしても、不信任案に反対するならば、ひっきょう、それは、中島市長を「信任」するわけですからね。

まず、ご理解いただきたいのですが、提案するためには最低1人の賛同者が必要です。私1人でできることではありません。
ですから、「やります」ということにはなりません。

また、ぽとふさんがおっしゃる「それなりの覚悟」はありません。
これまで同様、私の考えをお示しした上で、それに対するご意見をいただければありがたいと思いました。


提案に向けての準備の方策は考えているのですが、手探りなだけに具体的なことは書けません。時間的に(自分ではいかんともしがたい部分で、その段取りが)間に合うのかということもあります。

申し上げるまでもないことですが、事柄の性質上、諸々の下準備を綿密に行い慎重に判断されるのがよいだろうと思います。不信任案の賛否について、公開の場で、各議員の姿勢を市民に明らかにさせることが必要なように思います。それこそ、市民の後押しが必要な問題ですからね。

文章が苦手なので伝わるかわかりませんが、書かずにいられないのでコメントさせていただきます。
私も不信任案の賛否について、
議員一人一人の意見を市民に明らかにさせることが
必要だと思います。
そもそも本来ならば、ここまで来る間に新設から増設へと意見が翻った当初に、もっと詳しく市民に情報が発信され、意見を聞くという市政がとられていてもよかったのではないでしょうか。
なんだか、やっと住民が情報を知り始めて新設分離の声が高まる中、住民の意見とは反対の方へ計画は進んでいっているように思います。

児童数がピークに達すると思われる年の事だけが問題視されているようで、市の責任としてその時点での対応も必要ですが、増築でその場しのぎをしても適正な児童数になるまで何十年にもわたります、そして実際としてはその責任は誰もとれないのです。
中島市長は選挙の決意表明でこんなことを言っておられます
http://n-kousei.cool.ne.jp/gikai12.html
でも今の中島市政は、私にとっては矛盾が多すぎて理解できませんし、とても受け入れられません、いち早く選挙がこないかなと願っております。

ちなみに柏野さんの書かれている不信任案は非のうちどころないと思います。

>リベラリストさん
>コメントさん

ただ、やはり不信任案というものがこれまで使われてきたケースを考えると、「今の段階では不信任には該当しない」という言い方もできます。
将来に対する不作為の責任は非常に重いと思うのですが、これまでの裁判などでは、悪いことをした人は裁かれても、何かをしなかったということで裁かれた人は、よほど重大な過失があった人に限られています。


議員1人1人の意見があきらかになること。
私の考える議会改革の目指すところはそこです。
例え考え方が違っても、そこに至る過程の説明責任が果たされることが必要です。


不信任案については、意見は様々だと思います。

>将来に対する不作為の責任は非常に重いと思うのですが、こ
>れまでの裁判などでは、悪いことをした人は裁かれても、何
>かをしなかったということで裁かれた人は、よほど重大な過
>失があった人に限られています。

後生のこととは思いますが、それは基本的には刑事の話であって、行政の不作為が問題となり、その責任が問われた事案は、皆無ではありません。ご指摘の事案は、行為の主体や性質を混同した、誤解を招きやすいものだと思います。読み手においては注意が必要です。

>リベラリストさん

ここで言っている悪いことをした人というのは、薬害エイズでの不作為を想定して記述しました。判例などあたったわけではないので、何件の事例があったかまでは把握していませんが、行政の不作為が違法とされたケースは非常に限定的であると思っています。

不信任にはあたらないと言いますが
市長は選挙に出馬する際
「明治維新の頃、長岡藩は、藩民が困窮状態の中でも、
救援米である米百俵を売り、教育のために学校を建てた」
という話しを持ち出しを謳い、
「開発などよりも、子どもや福祉のためにこそ、お金を使って欲しいというものです」と言い
そして「これが理念・戦略だ」とも言っていました。
しかし
実際にはお金がないと言いつつも、
小学校は新設せず、恵み野の開発だけは行なおうとする。
総合運動自然公園について反対していたのに、パークゴルフ場に姿を変えただけ。
そして
中島氏はかつて、自分の意見(総合運動自然公園への)を反映するために
住民投票を行ない信を問うのが必要だと力説していたのにもかかわらず
市長の立場になったら、住民への説明や対話を十分に持つことすらしない。

選挙では総合運動自然公園の是非よりも、子供の施策への期待の方が大きかったため
市長選で勝てたのではないかと私は思っているのですが、
子供のために心血を注いでいるという姿勢や
直接市民と対話をして、住民の意見を聞こうとする態度がまったく見えません。
「市民と議論する時間が無いから…」というのなら
平日の夜にでも、土日の昼間でも機会を作ればいいだけではないですか?
議論も意見交換も無いのに事業が進んでいってしまうことに
市民は不信感を抱いているのですよ。

そんな市長の方針が支持されているのかどうか
市民に信を問うためにも、不信任案は可決されるべきだと思います。

市長を擁護するわけではありませんが、

恵み野西口開発は短期間で収支が黒字になり、税収増に寄与する
総合運動自然公園は運営経費が莫大だったので、運営費を抑えられるパークゴルフ場や市民農園とした
住民説明、パブリックコメントなどはかつてないほど行っている

というのが市長の見解です。


私は恵み野駅の開発には反対なので、その計画の実現性と将来の負担については疑問を持っていますが、西島松北について、まったく何もしなくていいとまで言い切れないものもあります。

市民に対してもっと発信、対話を行ってほしいということは私も思いますが、市長としても広報のコラムやあいさつの場面などで努力されている点がまったくないわけではありません。

不信任案の中ではそうした点を完全に省いてしまっていますので、読み方によっては誤解を招いてしまうかもしれません。


「不信任案」を書きました。
今の姿勢のままでの予算編成はしていただきたくないという思いはあります。

それでも、恵庭市のリーダーとして、今までの流れを大きく変えたこと、読み聞かせなどの先進的な取組みなどすばらしい部分はたくさんあるし、その点を支持する市民の方も多くいらっしゃると思っています。


ちなみに地方自治法81条では長の解職請求も規定されています。

あなたの主張はよく分かりませんね。何を実現したいのか。一体、なにをしたいのでしょうか? 主張を整理して、何をどう実現したいのか、わかりやすく伝えた方がいいですよ。そういう姿勢がこの間の市議会での質問の散々な様子に出ているように思いますが。でも、頑張ってちょ~(^^)。

議論が盛んで何よりですね、柏野さん。

>「不信任案」を書きました。
>今の姿勢のままでの予算編成はしていただきたくないという
>思いはあります。
>それでも、恵庭市のリーダーとして、今までの流れを大きく
>変えたこと、読み聞かせなどの先進的な取組みなどすばらし
>い部分はたくさんあるし

ならば、公開の場で不信任案の原案を出すことは妥当ではないでしょう。腹、決まってないわけですから。書いて気が済む、という程度であれば、公開する必要なし、かな、と私は思いました。事情や背景を知らずにあれを読む人もいるわけだから。ともあれ、差し出がましいですが、物事を判断する価値基準のようなものを、しっかり持った方がよいように思います。よく言えば柔軟、悪く言えば…、ですからね。

あなたは政治家(私は違います、ここは大事なとこ)。勝ち取るべきだと判断した「結果」をいかに獲得するか。そこにこだわるべきだ。その手法は色々あっていいが、手法にこだわり、自らが勝ち取るべきだとした「結果」を逃すようではダメです。

中島市長も志をもって市長をやっているわけですから、悪いところばかりではないはずです。これ、当然。当たり前のことなんです。わかりますか? しかし、それで良いか、というところが、いま、まさに問題となっているんですよ。今更、ですけど。

当たり前のことですから、これ以上は記しません。煩悶苦悩されるとよいでしょう。

「読み聞かせ」や「ブックスタート」は
市長にならないとできないことだったのでしょうか。
NPOの活動だったり教育委員会からの働きかけでも
できたりするのではないでしょうか。
確かに
読み聞かせやブックスタートは子供のために
良いことだと思いますが
この事業はなにも市長にならなければ
出来ないことでは無いと思います。
市長にならないとできないような
子供のための施策は行なわれないのでしょうか。

市長の今現在の言動を見ていると
子どもたちのための教育環境の整備より
駅前開発等、他の事業の方が優先順位が高いように見受けられます。
確かに
子供たちのためと言ってブックスタート等を行なっていますが
ブックスタートが定着すれば
和光小の校区に住んでいる子供たちに
他の小学校に通う子供たちと同じ教育を平等に受けさせることができるのでしょうか?
増築によって児童数増加に対応した場合
他の小学校の子供たちと同じ時間だけ体育館で遊ぶことができるのでしょうか?

ご理解いただけないとのこと。私の言葉足らずで申し訳ありません。

ブログにはスタイルがあると思うのですが、
私は一方的な主張だけを述べる場にしたくないという考えがあります。

どうしても私の主観が入り、完全な客観性は持てないと思いますが、できるだけ多くの方に理解をしていただけるようなものに、少し私の考えを添えるようなものを目指しています。

書いて気が済むということではなく、それに対して広くみなさんがどう感じられるのかを伺うという意味が大きくあります。

実際に、コメントではいただけなくても、本当に多くの方から、これに対してのご意見をいただきました。厳しいご指摘もあれば、理解できるという声までさまざまです。

リベラリストさんがおっしゃるように、結果に対しての手法はさまざまです。
私なりに、考えた手法を実行しているつもりですが、その手法は必ずしもリベラリストさんと一致するわけではないということです。

今後もぜひ貴重なご意見をいただけますよう御願いします。

プレイセンターや乗り合いタクシーなど、いいアイデアが提案されても、それを取り入れて予算化するかどうかは市長に委ねられています。

恵み野西口開発自体の是非については意見が異なりますし、今の市民フォーラムだけで十分だとはまったく思いませんが、開発の前に積極的に情報発信を行おうという姿勢はこれまでと大きく変わったところだとも言える部分はあります。


体育館のご指摘ですが、
多目的ホールができれば、むしろ休み時間の割り当ては他校と比べて増えると私は認識しています。

情報を発信する姿勢はあるかもしれないですが
それは自分が行ないたい開発に限ってはいないでしょうか。
市長の中で結果が決まっているものを
ただ情報発信しているだけのように私は感じます。

和光小の問題で言えば
市長が増築に決めたことを発表した。
それから
保護者や地域住民に説明会が開かれた。
増築に決めたということに関する
説明会に何の意味があるのですか?
参加者が質問しても
「お金がないので…」の一点張りで
まともな議論もせず
これで市民が納得するとでも思ってるのでしょうか。

ある事業に関して説明会が開かれて
そのことについて市民が様々な意見を述べ
議論が深まってきた頃合を見計らって
市長が事業の是非を決める
というのが流れなんじゃないですか。

市長や行政側は
その事業なりに関して
知りうる情報をすべて公開し
市民がその情報についてあれこれ考え
議論が深まってから市長が判断する。
そんな理想的な行政が行なわれる街になる為に
恵庭市はあと何年かかるのでしょう。


何年かかるか、の前に、まず、こうした本末転倒状態をとめること、その手法は議会の権能として法認されているあらゆるものであることを行使すること、まずはこれなんです。力業で来るものに、議論は通用しません(是非さておき、ですが)。

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プロフィール

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柏野 大介
(かしわの だいすけ)

大学を卒業後、2度の就職と合計約2年の旅行を通して、常識や慣習といった言葉に囚われない道を模索し続けています。
外に出たことで、日本、北海道への愛着はさらに強いものとなりました。

2007年4月、恵庭市議会議員当選。
2009年12月、北海道議会議員選挙に挑み落選。
市民とともに創る自治の確立のため、「見える北海道」の実現を目指し活動中。

ご意見・ご質問などはメールでお願いします。
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