民主党北海道臨時大会
民主党北海道臨時大会
29日、札幌で統一地方選後の体制を決める民主党北海道の臨時大会が行われました。 荒井聰民主党北海道代表からは、熱のこもったあいさつがありました。 日常的な活動、特に1人1人を説得するということに関しての努力不足。 そして、今の政治に欠けている、ものごとを決めて、実行していくという役割への覚悟。 その通りだと思います。 今回の役員改選で私はこれまで務めてきた常任幹事(青年局長)を退任しました。 市議当選後、ほとんど党の組織体制も知らないままに任に就き、多くの方に支えていただきながらの3年半でした。 青年局としては、これまで3回(3年)の政治塾の開催と、青年局所属党員自身の資質向上、道内青年団体との意見交換・交流などの活動に取り組みながら、少しでも若い人たちが政治に関心を持つきっかけとなるよう務めてきたつもりです。 広い北海道、青年局に所属する限られたメンバーの活動だけでは十分でなかったかもしれません。 しかし、政治が常に新しい考えや人材を取り入れていくためには、熱意を持った若者がまわりに働きかけをし、行動していくことが大きな意味を持つと思います。 民主党北海道が、常に道民と近くあるためにも、こうした青年局の活動が今後もますます活発に行われていくことを期待しています。 私自身も多くの先輩方から、青年局の運営を通じ、多くのことを学ばせていただきました。 若輩のわがままを寛大に受け入れ、育てていただきましたみなさまに心から感謝いたします!
若市議総会と室蘭市長表敬
若市議総会と室蘭市長表敬
27日、北海道若手市議会議員の会の総会と研修会があり、室蘭に行ってきました。 私は2009年に市議辞職をしておりますので、今は若手市議でもなんでもないわけですが、一応会員として残っております…(ちなみに今回訪問した室蘭の青山市長、網走選出の佐藤道議なども賛助会員)。 昨年より室蘭・登別で予定されていた今年度の総会は、青山前会長の市長就任により、表敬訪問というおまけつきとなりました。 当日の参加メンバーは、室蘭、江別、小樽、苫小牧、旭川、紋別、登別、伊達、赤平、千歳、苫小牧の15名。 道内35市の中で半数以上のまちに会員がいるわけで、それぞれのまちの優れた取り組みを学び、広げていくことによって、北海道をますます元気にしていくきっかけとしていきたいところです。 残念ながら、私は所用のため、登別以降の研修には参加できず。
災害ボランティア報告2
災害ボランティア報告2
ボランティア3日目のお宅は、応急危険度判定で赤となり、建物は解体することにされたところ。 窓は割れ、1階の床には流れ込んだ泥と松の枝のからみあったものなどが堆積していました。 家具などはすべて水に浸かってしまっているものの、2階のタンスなどを新たな住居で使うために運び出したいという要望。2階で組み立てたという家具もあり、階段を下ろす作業はかなりの難作業。 外のがれきの集積などもお手伝いしたものの、物置のものやそれ以外の家財などはじっくりと選定されたい様子で、午後早くに作業は終了しました。 この日は、このあともう1軒、ブロック塀が倒壊したお宅のブロック撤去のお手伝いにも行きました。 何軒か伺って、私たちボランティアができる作業自体は、それほど大きなことではないのに、そのことに対して近所の方たちも含めて、大変強い感謝の気持ちを示していただき、かえって恐縮をしてしまいます。 一方で、近いもの、役場や政府に対してはみなさんいろいろな思いをお持ちのようです。 ひとつひとつのニーズに対する対応、そのスピード、公平性。 スピードと公平性の両立はとても難しいと思うのですが、だからこそ、そのニーズのすき間をボランティアやNPOがうめることによって、すべての人にではないけれども迅速な対応が可能になるのだと思います。 今回の訪問を通じて、いくつかの支援団体、支援活動をする方たちにもお会いしました。 少しずつの力であっても、多くの人が力を寄せ合うことで、1歩ずつ、確実に前に進んでいけるはずです。 もちろん、これらだけがすべてではありませんが、義援金だけではない、こうした活動の支援にも、お力をお貸しいただければ幸いです。 災害臨時FM「りんごラジオ」 http://ringo-radio.cocolog-nifty.com/blog/ 日本社会情報学会(JSIS-BJK) 災害情報支援チーム http://ss-watari.blogspot.com/ レッツゴーわたり http://djd3.sakura.ne.jp/wp01/?p=210 亘理いちごっこ http://watari-ichigokko.blogspot.com/ りす会+モイ共同購入部 http://risukai.blog90.fc2.com/ LOTS~東日本災害支援チーム~ http://ameblo.jp/lots-saigaishien/
災害ボランティア報告1
災害ボランティア報告1
ブログの更新が遅くなりました。 ツイッターにも記載した通り、恵庭には5/13に帰ってきました。 考えることが多過ぎて、なかなかまとめられずにおりましたが、メモを元にしながら、少しずつ書いていこうと思います。 なお、記述の内容は、私自身が、現地を訪れて見聞きし、感じたものであって、必ずしもすべての地域で同様だという意図ではないことをあらかじめお伝えしておきます。 今回、本州に入るにあたっては、苫小牧から出ている青森行きのフェリーを利用しました。 http://www.silverferry.jp/ 通常は、苫小牧から八戸という航路ですが、八戸港が使用できなくなっているため、代替として青森港への航路となっています。 青森から一度下北半島を北上し、むつ市の親戚を訪ね、夕方から東北自動車道などを利用してひたすら南下しました。 途中何度かサービスエリアでの休憩をとりながら、仙台東部道路を走り、深夜になって山元町に入りました。 山元には、一足先に恵庭の友人が入っており、当初は彼の知人宅にお世話になりました。 翌朝、日が昇ると前日には見えなかった光景が広がっていました。 少し高台になっている道路を隔てて海側は、建物がほとんどが倒壊し、その広範囲に及ぶ被害に言葉を失いました。(後で実感することですが、そんな光景が東北の海岸線に、どこまでも続いていました) 最初の2日間のボランティア先は、山元町の特産でもあるイチゴの農家さんのところ。 海岸から2km以上離れたイチゴのハウスにも、腰の高さまで津波が押し寄せてきたそうです。 ハウスの周辺の農地にも、流木や、流されてきた車がそのままになっていました。 道路を隔てた2軒の農家さんのハウスや側溝に堆積している泥を運びました。 2日間、10人以上の手で泥や、漂流物、震災後に収穫できずに枯らしてしまった苗を運び出し、ある程度次の生産に向けてのメドが立ったようでした。(私たちが入る前にも何日かボランティアは入っていたようです) ただ、このハウスは比較的海から離れていたことと、地面から1mほど高く作った設備に水を流している構造が幸いし、すぐに生産に向かえたようですが、ここ以外のハウスはすべて流されてしまったり、地面に直接うねを作っているところでは、塩害もあって、すぐ次ということにはならないそうです。 経済的な復興は時間がかかることですが、こうしたできるところから1歩ずつ動かしていくことしかないのだと思います。山元町のイチゴ、また冬には北海道にも届くのでしょうか。
災害ボランティア
災害ボランティア
もっと早くに東北にボランティアに行きたいと思いながら、いろいろあってこの時期になりました。 ちょうどゴールデンウィークになってしまい、地域によってはボランティア希望者の増加で受け入れ側の負担も大きいようです。 復興には時間がかかります。 この時期だけではなく、継続的な関わり方を考えていかねばなりません。 昨晩恵庭を出発し、苫小牧発、青森行のフェリーで、もうまもなく東北に入ります。 向かう先は宮城県の南端、山元町。 できる範囲で、少しでもお役に立つことと、それを今後の支援の広がりにつなげられるよう、しっかり活動してまいります。 (9:05)