議会報告 report

2024/04/17

障がい者の現状把握は十分か

 一般質問の3点目は、昨年から裁判で争われている障がい者虐待が疑われる事案への対応について質問をしました。

 市は、この事案に関して、住み込みで働いていた当事者は雇用関係になかったとして、労働者性を否定し、虐待は把握できなかったとして、市の通報義務もなかったとしています。

 これまでの議会での質問に対する答弁からは、裁判となっている事案以外でも、同様に住み込みで働いている障がい者の存在が明らかになっています。

 今回の事案に関しては、市外の方の関心も非常に高く、ブログやSNSなどでのご意見もいただいています。
そうした中で、提供をいただいた情報をもとに、私なりに調査を行い、今回の質問を行いました。

 北海道立図書館に所蔵されている社団法人「北海道知的障害者職親連合会」(現在は一般社団法人北海道障がい者職親連合会)の会報誌(記念誌)によると、1969年(昭和44年)に北海道社協などが呼びかけて、「北海道精神薄弱者職親会」が設立されています。そして、2年後、1971年(昭和46年)の総会では、会員42名となっており、札幌36名の会員を筆頭に、美唄2、千歳1、恵庭1、広島1、妹背牛1と、会員のいるまちの記述がありました。

 職親連合会の資料によると、2001年(平成13年)に行われた調査で約1500人の知的障がい者がさまざまな仕事についており、食品加工36%、洗濯関係20%などある中で、畜産業についても3.5%(53名)の方が従事されていたということです。

 それに対して、市の答弁は、知的障害者福祉法に基づく職親委託件数はゼロで、20年ほど前まではなかったという答弁でした。

 昭和50年代(1970〜80年代)には、恵庭でも職親会に登録されていた畜産業の方がいたものの、その後2000年ころには、その存在は見えなくなったのでしょうか。当時の法律、精神薄弱者福祉法では、職親を希望する者は、居住地を管理する福祉事務所を経て、援護の実施機関に職親申込書を提出することとされています。市制施行前だったとしても、昭和50年代には恵庭市となっており、この事務は行われていたと考えるのが自然です。

 また、市では、これまでも育恵会という障がい者団体の事務局を担っており、会則によるとその事業の中には、「職親制度の振興と雇用の開発」の記載があります。

 こうした客観的な事実がありながら、恵庭市内で知的障がい者の職親委託がなかったと考えるのは不自然です。恵庭市においても、職親制度に基づく障がい者の住み込み就労、もしくは職業指導が行われており、2000年代に制度が変遷していく中で、市の監督が及ばなくなり、障がい者の状況を適切に把握できていなかったのではないでしょうか。

 市は、責任回避の姿勢に終始していますが、改めて過去の経緯を調べた上で、行政としての責任を認め、将来に向けた障がい福祉行政の充実を図ることこそが求められていると思います。

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